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インタビューコラム

【前編】パラアスリートがみせる、無限の可能性: 川除大輝さん/クロスカントリースキー

失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ——。これは、パラ五輪の父と呼ばれるルートヴィヒ・グットマン医師の言葉であり、パラスポーツの精神を端的にあらわすものとしてパラアスリートたちの中に根付いています。そのせいでしょうか。自らの能力や技術の限界に挑戦し続ける彼らの姿をみていると、「自分も前を向いてがんばろう!」という勇気や元気がわいてきます。それと同時に、「可能性は無限大」という言葉も、強く実感させられます。

今回は、そんな無限の可能性を秘めた一人の若手選手にスポットをあて、幼少期の思い出やトップアスリートになった現在の心情などについてうかがいました。

選手の名は、川除(かわよけ) 大輝(たいき)さん

クロスカントリースキー(平地を進んだり急な坂を登ったりと、多様な地形での総合的な走力を競う競技)を専門としており、2018年には17歳の若さで平昌パラ五輪に出場。 翌年2月に開催された世界選手権では、2003年以来となる日本人金メダリストに輝いた期待のホープです。

インタビューの【前編】となる今回は、幼少期のエピソードやご家族の話をご紹介します。

川除 大輝 (かわよけ たいき)

2001年生まれ、富山県出身。身長161cm。
日立ソリューションズジュニアスキークラブ、日本大学所属。
好きな食べ物はラーメン。大学進学で上京した昨春は、都内のラーメン屋めぐりにハマり、かなり体重が増えてしまったとか。





「できることは全部自分でやりなさい」と言われていた幼少時代

——まずは、ご家族のことを教えてください。何人家族ですか?

川除:父、母、そして姉2人と僕の5人家族です。上の姉とは4歳差、下の姉とは1歳差です。


——お姉さんがお2人。末っ子の川除選手はちょっと肩身が狭そうですね(笑)。

川除:そうなんです。小さい頃は、いつもケンカに負けて泣かされていましたし、今も2人の陰で、ひっそりと生きてるような感じです(笑)。


——川除選手からみて、ご両親はどのような方ですか?

川除:お父さんはすごく優しい人です。ただ、剣道をやっていたこともあってあいさつや礼儀には厳しくて、その点については、小さい時から相当しつけられました。お母さんは……。僕、片付けがあまり得意ではないので、いつも「部屋が汚い! 片付けなさい!」って怒られています(笑)。


——なるほど(笑)。ということは、けっこう厳しい?

川除:いえ、他の家に比べたら両親ともに優しいです。あいさつや礼儀には厳しかったですが、宿題とか片付けとかのやるべきことがきちんとできていれば、「あとは自由にしなさい」という感じでした。


——幼少期はどのようなお子さんでしたか?

川除:とにかく負けず嫌い。テレビゲームで両親に負けると、泣きながら暴れていたそうです。年齢的にうまく操作ができなかったので、仕方がないんですけどね。姉と言い争いになっても、勝てないとわかっていながら激しくけんかして、最後は泣かされて終わっていました(笑)。


——川除選手が抱える両上肢障害について、ご両親がどのように受け止めていたかについて、少しお聞きしてもいいですか?

川除:いま、振り返ってみると『他の人と違う』とか『指がないからできないことがある』ということを感じさせずに育てたかったのかな、という気がします。いつも「できることは全部自分でやりなさいね」と言われていたし、スキー以外の習い事もさせてくれました。そのおかげで、苦手意識のある動作や行動はないですし、障害のこともあまり気にせずに生きてこられたと思います。


——いろんなことにチャレンジさせてもらえた?

川除:そうですね。そのかわり、「はじめたことは、最後までやり切りなさい」とも言われていました。小学3年生のときにはじめたサッカーは、「団体競技が向いてない」という理由があったので半年でやめさせてもらえたんですが、同じ時期にやっていたそろばん教室のほうはダメ。「ただ単に頭を使いたくないだけ」というのがバレていたので、6年生までずっと続けさせられました(笑)。


——その中で、クロスカントリースキーをはじめたきっかけは何だったのですか?

川除:6歳のときに、いとこに誘われて地域のスポーツクラブに入ったのがきっかけです。そこではいろいろな競技にチャレンジできたのですが、冬のスキー教室でクロスカントリースキーに出会って、その楽しさに目覚めました。



まわりの目を気にすることなく、いろんなことに打ち込んでほしい

——それから現在に至るまで、「最後までやり切りなさい」が守られているわけですね。ご両親とのエピソードで、特に印象に残っていることは何ですか?

川除:なんだろう、難しいなあ……。


——たとえば、つらいときにかけてもらった言葉はありますか?

川除:うちの両親って、そういうときに声をかけてこないタイプなんですよ。合宿や大会で長く家を離れているときも、用事がなければほとんど連絡してこないし、レース前もLINEでひと言「がんばれよ」というメッセージが送られてくるくらいです。


——幼少期の「できることは自分でやりなさい」という教えと同じで、「苦しいときも自分で乗り越えてほしい」という思いがあるのかもしれませんね。

川除:そうかもしれません。ただ、サッカーをやっていたときに、対戦相手が指のことをすごくからかってきたときに「気にしなくていい」と言ってくれたのはよく覚えています。それと、「メディアの前や人前に出るときは謙虚でいなさい」「まわりの人がいるから今の自分がある。感謝の気持ちは忘れるな」ということは、常に言われています。


——思春期に反抗期などはありましたか?

川除:会話がなくなることも、「あっち行けよ」みたいなこともなく、普通に一緒に出かけていました。でも、今ごろになって「ちょっと恥ずかしいな」と思うようにはなりました(笑)。


——川除選手とご両親の関係のよさがとても伝わってきます。ちょっと言いにくいかもしれませんが、ご両親に伝えたいことはありますか?

川除:いつも迷惑をかけたり、大変な思いをさせている自覚はあるので、そういうことを含めて、競技でいい結果を出して恩返しができたらと思っています。


——前編の締めくくりとして、パラ五輪を目指してスポーツに励んでいるいる子どもたちや、そのご家族にもメッセージをお願いします。

川除:障害の種類や重さなど、置かれた環境は人それぞれだと思います。それでも、まわりの目を気にすることなく、いろんなことにチャレンジして、一生懸命打ち込めるものを見つけてほしいですね。僕自身も、いろんなことに挑戦させてもらった中で、クロスカントリーに出会うことができました。何事にも前向きに取り組んでいけば、みなさんも「これだ!」というものがきっと見つかるはずです。



【取材後記】

厳しさとおおらかさをあわせ持ったご両親のもとで、様々な興味を追求した幼少期の川除選手。そのエピソードを紐解いていく中で感じたのは、「子どもの未来は可能性に満ちている」ということ。だからこそ、川除選手のご両親のように、子どもたちの「夢」や「目標」は大事に育てていきたいですよね。 【後編】では、クロスカントリースキーの魅力や、トップアスリートとしての覚悟などをうかがいます。





青木美帆
4歳男児の育児に奮闘中の30代ママライター。
得意分野は学生スポーツと栄養学。中学から大学年代のアスリート現場をあちこち奔走中。

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