インタビューコラム
冬季パラ五輪の正式種目「クロスカントリースキー」の若きエース、川除(かわよけ)大輝(たいき)選手。
mamaomoi 編集部では、17歳でパラ五輪出場、18歳で世界選手権金メダルとワールドワイドな成績を積み上げている同選手を取材し、幼少期の思い出やトップアスリートになった現在の心情などをうかがいました。
【後編】となる今回は、『雪上のマラソン』ともたとえられるクロスカントリーの魅力や、ご自身の今後の目標などについて、ご紹介します。
Profile
川除 大輝 (かわよけ たいき)
2001年生まれ、富山県出身。身長161cm。
日立ソリューションズジュニアスキークラブ、日本大学所属。
好きな食べ物はラーメン。大学進学で上京した昨春は、都内のラーメン屋めぐりにハマり、かなり体重が増えてしまったとか。
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前回のインタビュー
で、クロスカントリーを始めたのは6歳とうかがいました。では、日本代表を目指したり、国際大会で活躍することを考えたりするようになったのはいつ頃からですか?
川除:中学2年生のときです。
北海道旭川市で行われたワールドカップにオープン参加(順位や公式記録がつかない参加形態)で出場させてもらったんですが、そこで世界のすごい選手たちを目の当たりにして「こういう選手たちに勝ちたい!」と思うようになったんです。
参加した海外のコーチや選手たちに「君はすごいね」と褒めてもらったことも自信につながりましたね。
それまでは冬に行われる国内大会に参加する程度だったのですが、ワールドカップ以降は日本障害者スキー連盟主催の合宿に頻繁に参加し、高校でもスキー部に入部して専門的な練習に打ち込むようになりました。
——クロスカントリースキーの魅力は、ズバリ何でしょう?
川除:斜面を下っていくアルペンスキーと違って、クロスカントリーは上りもあります。
始めた頃は、体力的にしんどいし、寒いしで大変でしたけど、そのぶん結果が出たときのうれしさや達成感は格別なものがありました。最近では、きれいな景色を楽しみながら走れるのも、クロスカントリーのいいところだなと思ったりします。
——競技とはいえ、雪原の中にいるのはやっぱり寒いですよね。
川除:ウエアの下に保温性のある下着を着ているだけなので、正直、寒いです(笑)。北海道や海外の大会だと、マイナス30度くらいになることもあるんですよ。2019年にカナダで行われた世界選手権のときは、寒すぎて延期が検討されたくらい。
——簡単にルールを教えていただいてもいいですか?
川除:障害の種類や程度によって、たくさん部門が分かれているのがパラ競技の特徴です。障害の種類については、立位、座位、視覚障害の3つのカテゴリーがあって、立位と視覚障害のカテゴリーでは2本のレールを走る「クラシカル走法」と、スキー板を逆ハの字にして滑走する「フリー走法」の2つの部門があります。そして、さらにその中に短距離、中距離、長距離という3つの種目があるんです。また、同じカテゴリーの中でも、障害の程度や運動機能によって細かいクラスわけがあって、レースでは実際のタイムに、クラスに応じた係数(%)を加算したタイムで争われます。両上肢機能障害の僕はLW5/7というクラス。そこではストックを持たず、実際のタイムに79%をかけたタイムで争います。
——ストックを持たずに雪山を駆け上がるのは、とてもハードにみえます。
川除:ストックを持たないクラスになったのは中学2年のときでしたが、初めて参加した大会では完走するのがやっとでした。レース直後も、全身がひどい筋肉痛で、翌朝は起きるのが嫌になるくらい。「これは大変だなあ」と思ったのをよく覚えています。もちろん、今は慣れましたし、トレーニングをしっかりやっているので、そういうことはなくなりました。
——川除選手はまだ若いうえに、海外の選手と比べると小柄です。それでも世界のトップレベルで戦える理由は何だと思いますか?
川除:「怖がらないメンタル」じゃないかと思っています。
クロスカントリー界のレジェンドで僕の憧れでもある 新田佳浩さん(平昌パラ五輪金メダリスト) は、よく 「結果を出さないと、というプレッシャーを感じる」 と話されるんですが、僕はそういったものが何もなくて、気楽にレースに挑んでいる感覚なんです。大会でもあまり緊張しません。それと、体のキレがあるほうなので、脚の回転数を増やしてリーチの差をカバーできるのも理由の一つかもしれません。だから短距離のほうが得意なんです。逆に、長距離の種目は体力が続かなくて、相当コンディションがいいときでないといいタイムが出せない……。今後の課題ですね。
——日本チームで最高位の 「強化指定A」 に認定されているのは 新田選手 と 川除選手 の2人だけ。尊敬する新田選手からアドバイスをもらうこともあるのでしょうか?
川除:技術的なアドバイスはもちろんですが、それよりも、競技を代表する人間としての心構えについて教えていただくことのほうが多いかもしれません。
スキー競技自体、日本ではマイナーなのですが、クロスカントリーはさらにマイナーで選手も多くない。
「自分たちががんばって結果を出して、知名度を上げていかないと!」 という話をよくしてくださいます。
——その言葉どおり、去年の世界選手権で優勝されましたね。
実をいうと、優勝したときはうれしさと同時に、「この歳で金メダルをとっていいのかな」という戸惑いもあったんです。
日本代表チームでは最年少なのに、年上の選手たちや日本代表を引っ張っていけるんだろうか、と不安になってしまった。でも、少しずつその役割を果たしていけるようにはなりたいですね。
——今後、表彰台の常連を目指すためには、どのようなことが課題だと思いますか?
川除:コースの状況をしっかり把握して、対応する力がまだ足りないと思っています。たとえば、平地は細かく走らず、大きな一歩に乗っかるように滑る。上りのときは回転数を上げつつも疲労をできるだけ抑える工夫をする。そういう細かいところを攻略していかないと、国際大会でコンスタントに上位にい続けるのは難しいです。
——今年は新型コロナウイルスが世界中で猛威を奮っています。競技にも何かしらの影響が出ていますか?
川除:夏場に行うローラースキー(スキー板の裏にローラーをつけて滑る競技)の大会や、12月に開催予定だった大会が中止になりました。
いつもだと夏場の大会から一つずつ目標を設定してシーズンを戦うのですが、今年は大会が少ないので調整が大変です。
——大学生活の方はいかがですか?
川除:春に大学が休校になって以来、ずっと富山の実家で生活しています。授業は全部オンラインなので、部屋着で受けられて気楽ではあるのですが……。
内容がなかなか頭に入ってこなかったりして、慣れるのに大変でしたね。去年上京したばかりなのに、なんだか東京での生活が懐かしく感じています。
——「おうち時間」は、どんなことをしていますか?
川除:大学に通っていたときは、全部の授業が終わってからでないと練習ができませんでしたが、今は授業と授業の間の空き時間も使えるので、それを利用してトレーニングをしたり、ランニングをしたりして過ごしています。あと、最近は流行に乗っかって、「梨泰院クラス」などの韓国ドラマにもハマってます(笑)。
——上手に気分転換ができているようですね。
川除:そうですね。なかなか友だちとも会いづらいですし、空いた時間をつかって他の作品もたくさん見ました。
——リモート取材にもかかわらず、長い時間お付き合いいただきありがとうございました。それでは最後に、今シーズンの目標を教えてください。
川除:大学に進学して迎えた昨シーズンは、筋力や体重と体の動きが釣り合わず、メダルが取れないままで終わってしまいました。その反省をふまえて、今年は体を絞って効率のいい走りを目指しています。まずはワールドカップでメダルを獲って弾みをつけて、その後は、世界選手権を連覇できるようにがんばりたいです。
「自分たちががんばって結果を出して、知名度を上げていかないと!」 という言葉が、とても印象的でした。パラスキーにもいろいろな種目があって、たくさんのアスリートがそこに参加し、日々努力を続けています。もちろんスキーだけでなく、陸上競技、水泳、バスケットボールなど、ほかの競技も同じです。実際の競技を目にする機会はなかなかありませんが、まずは川除選手をはじめとするアスリートのみなさんの活躍を知るところからスタートして、その興味を共生社会の実現へとつなげていけたらと感じます。
青木美帆
4歳男児の育児に奮闘中の30代ママライター。
得意分野は学生スポーツと栄養学。中学から大学年代のアスリート現場をあちこち奔走中。