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「産みの苦しみ」という言葉があるように、出産は痛くて大変なもの――そんなイメージを抱く人も多いのではないでしょうか。特に初めての出産を迎える人にとって、陣痛は未知の痛み。不安や恐れを感じるのも無理はありません。
そんな中、痛みをやわらげる「無痛分娩」に関心を寄せる人が増えています。とはいえ、「本当に痛くないの?」「赤ちゃんへの影響は?」など、気になることもたくさん。24時間体制で無痛分娩を行う成城木下病院の木下二宣先生に、無痛分娩の基本からメリット、知っておきたいリスクまで、たっぷりお話をうかがいました。
出産には、大きく分けて2つの痛みがあります。
1つは赤ちゃんを押し出そうとする子宮の収縮による痛み、いわゆる「陣痛」です。陣痛は、周期的に波のようにやってくる痛みで、はじめは10分間隔ほどですが、出産が近づくにつれて2〜3分間隔にまで短くなります。
もう1つは、赤ちゃんが産道を通るときに会陰(えいん)が裂けたり、それを縫って修復するときに生じる痛みです。
無痛分娩とは、こうした2つの痛みを麻酔によって感じにくくする出産方法のこと。現在は、背骨の間に細い管を入れ、持続的に麻酔薬を注入する「硬膜外麻酔」が主流となっています。
硬膜外麻酔は、おへそからおしりの間あたり、いわゆる下腹部の痛みの感覚だけをやわらげるのが特徴です。上半身や足には麻酔が作用しないため、麻酔薬を注入しても意識ははっきりとあり、足も動かせますし体に触れられている感覚もわかります。赤ちゃんが産道を通って出てくる感覚はしっかりとあり、もちろん赤ちゃんの産声も聞くことができます。
硬膜外麻酔の大きなメリットは、麻酔薬が赤ちゃんには届かないこと。そのため、赤ちゃんが眠った状態で生まれてしまうといったリスクはありません。
一方で、下腹部だけに限定して作用する麻酔のため、痛みを完全に取りきれないこともあります。陣痛の痛みを10とすれば、2〜3程度は痛みが残るケースも珍しくありません。ただし、痛みがゼロでなくても、その程度であれば充分に耐えられるもの。体力の消耗が抑えられる分、出産全体の負担はぐっと軽減されると考えてよいでしょう。
無痛分娩を経験した産婦さんからは、「リラックスして出産できた」「家族と穏やかに過ごしながら、赤ちゃんを迎えられた」「産後の回復が早かった」という喜びの声も多く聞かれます。
痛みが軽くなることで、肉体的にも精神的にも余裕を持って出産ができることは、産後の生活にとってもプラスに働くことが多いようです。
麻酔によって痛みをやわらげられる一方で、無痛分娩にはいくつかのデメリットもあります。その1つが、陣痛そのものが弱くなる傾向があることです。
陣痛が弱くなった場合は、子宮の収縮を促すために陣痛促進剤を使う処置が行われます。それでも充分な陣痛が得られず、赤ちゃんが産道の出口付近でとどまってしまい、分娩が停滞することも。こうした場合は、吸引分娩や鉗子(かんし)分娩によって赤ちゃんを引き出す処置が必要になることもあります。
一般的な自然分娩においては、吸引・鉗子分娩になる割合は約20%ほどですが、無痛分娩では約30%、初産で無痛分娩にした場合は約50%にまで高まるというデータもあります。
吸引・鉗子分娩を行うと、産道や会陰にできる傷が大きくなり、出血量が増えたり、縫合範囲が広がったりすることも。そのため、産後に貧血や傷の痛みに悩まされるケースがあることも、事前に知っておきたいポイントです。
また、麻酔による副反応や合併症が生じることもあります。
たとえば、麻酔の針を刺した部位から菌が入って感染症を起こしたり、針を刺した部分に痛みが残ったりすることも。ほかにも、尿が出にくくなる、頭痛がするなどの症状を訴える人もいます。こうした合併症は、数日から1週間程度でおさまることがほとんどです。
ただし、ごくまれに麻酔薬が広範囲に効いてしまったり、血管の中に注入されてしまうことにより、呼吸が止まるなど命にかかわる深刻な副作用が起きるケースも報告されています。実際、妊産婦の死亡事例の中には、無痛分娩中の麻酔の誤注入によるものが含まれており、近年ではその割合がやや増加傾向にあると指摘されています。
無痛分娩を選択するときには、こうしたリスクも正しく理解し、医療体制が整った施設で適切な管理のもとで受けることが大切です。
無痛分娩を行う際には、硬膜外麻酔の処置が必要になります。
お産はいつ始まるか正確な予測は難しく、また昼夜を問わずに始まるもの。そのため、麻酔を担当する医師のスケジュールに合わせて、あらかじめ出産日を決める「計画出産」を採用している施設もあります。
麻酔を担当する医師は、医療機関によって麻酔科医、産婦人科医のどちらかで対応することがほとんどです。
麻酔科医が麻酔の管理を行う場合、麻酔手技や、緊急性の高い麻酔合併症への対応に慣れているのがメリットですが、充分な経験とトレーニングを受けていれば産婦人科医でも安全に麻酔を行うことは可能です。
計画出産のメリットは、出産日が計画的に決まれば、家族が予定を合わせやすく、赤ちゃんを迎える準備もしやすくなるでしょう。
ただし、陣痛促進剤で人工的に陣痛を起こす計画出産は、自然な分娩への子宮の準備が整う前に陣痛を起こそうとする方法です。子宮口が開かない、陣痛が充分な強さにならないためにお産の進行に時間がかかることがあります。出産に時間がかかりすぎることは、母体への負担が増すだけでなく、赤ちゃんに感染などのリスクが及ぶ可能性も。結果的に計画出産を行ったために望まない帝王切開での出産となってしまうことが起こりうることを理解しておかなければいけません。経産婦においては計画出産がうまくいくケースがほとんどですが、初産婦においてはリスクが高まります。
一方、自然な陣痛の始まりを待ち、タイミングに応じて麻酔を入れるスタイルをとっているところもあります。陣痛の始まりには痛みを感じますが、自然に始まったお産は進行が比較的スムーズなことが多く、帝王切開を含めた産科的リスクは計画分娩に比べて下がる印象を持ちます。
ただし、分娩の時間帯や麻酔担当医の勤務状況、お産の進行具合によっては、無痛分娩を希望していても、麻酔が間に合わずに通常分娩になる可能性も。
これらのことを総合的に考えたとき、施設による技術水準や安全体制に差が出ることも考えられます。
こうした点が気になるときには、「無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)」の認定を受けている施設を選ぶのも1つの目安。JALAのホームページでは、無痛分娩件数、帝王切開件数などの情報を公開している施設が掲載されています。また、安全に無痛分娩を行うための産科的トレーニングや講習なども行っています。
【参考サイト】
無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)
https://www.jalasite.org/area/
欧米では無痛分娩の実施率が7〜8割と高いのに対し、日本では約8.6%と大きな差があります。その最大の理由は、日本では無痛分娩を実施できる産科施設が少ないことが挙げられます。
無痛分娩は、通常分娩と比べると、麻酔の管理やお産が長引く可能性が高まることなど、リスクも伴うものです。
ただ、現在は社会的ニーズも高まり、無痛分娩を希望する妊婦さんは年々増えています。東京都では、2025年10月から全国に先駆けて無痛分娩に助成金を出すことを決定。今後、無痛分娩を導入する産院は増えていくことが予想されます。
無痛分娩を希望するときには、安心して出産できる施設を選ぶとともに、無痛分娩についての基礎知識もきちんと頭に入れておくことが大切です。
わからないことや不安なことがあれば、医師や看護師、助産師に質問し、モヤモヤを残さないように心がけましょう。
●病院選びのチェックポイント5
□無痛分娩の実績や実施割合は? ホームページなどで公表されているかを確認
□JALAに認定されているか
□緊急時の搬送体制が整っているか
□麻酔を担当する医師が常駐しているか
□医療スタッフ(医師・助産師・看護師)の数は充分か
また、計画出産か、自然な陣痛を待つかなど、施設の無痛分娩の方針についても事前に確認しておくと安心です。
赤ちゃんを迎えるのは、人生のなかでも特別に幸せな瞬間。
その一方で、ときに思いがけない緊迫した状況が起こりうるのも、お産です。
無痛分娩には、痛みがやわらぐという大きなメリットがある一方で、合併症や吸引・鉗子分娩の増加など、リスクも伴います。
メリットとリスクの両面を正しく理解し、自分自身が納得できるかたちでお産に臨めるよう、準備していきましょう。
Photo © Toru Hiraiwa

木下 二宣(きのした・かずのり)/成城木下病院院長
順天堂大学医学部卒業後、東京大学医学部産婦人科に入局。埼玉医科大学総合医療センター産婦人科、埼玉医科大学総合周産期母子医療センター産科などを経て、2005年より現職。医学博士、母体保護法指定医、日本専門医機構 認定産婦人科専門医。
成城木下病院:
https://kinohosp.com/